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東京高等裁判所 昭和33年(う)1918号 判決 1960年3月18日

被告人 島田日出夫 外三名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人島田日出夫、同宮下英一郎、同小出直の連帯負担とする。

理由

検察官の控訴趣意第一点について

本件記録によれば、被告人島田、同宮下、同田中に対する昭和三十二年七月三十一日附起訴に係る公訴事実の要旨は、全国購買農業協同組合連合会(以下全購連と略称)は、昭和二十六年当時其の財政状態が著しく悪かつたため、同年四月施行の農林漁業組合再建整備法(以下再建整備法と略称)第三条の再建整備の対象組合として政府より再建整備のため奨励金を受けることとなつたが、右奨励金は、同法の趣旨から見て、組合の財政状態が欠損金を補填して健全化したときは、これが交付を受けられない筋合なるところ、全購連は、昭和二十九年七月末決算の事業年度において、利益剰余金六千万円を超える健全財政状態となり、この事実を農林大臣に報告すれば、増資奨励金の交付を受けることができない状況にあつたが、全購連会長である被告人田中順吉、常務理事である被告人島田日出夫、同宮下英一郎は、依然欠損状態にあるもののように装つて増資奨励金を騙取せんことを共謀し、同期の決算をなすに際して、架空の負債勘定をたて或は在庫品の過少評価等の操作を加えることによつて、依然として欠損金一億七千五百九万九千六百十四円ある旨の貸借対照表を作成し、同年十月二十六日頃農林大臣宛増資奨励金交付申請をなすに当り、右表に基く内容虚偽の再建整備実績報告書を提出すると共に右と同様欠損金ある旨の虚偽の試算表を添付し、更に其の後引続き三回にわたり、増資奨励金交付申請書を提出するに当り、右と同様欠損金ある旨の虚偽の試算表を添付し、其の都度奨励金の支出負担行為担当官である農林省農林経済局長をして其の旨誤信させ、同年十一月二十五日頃より昭和三十年十二月三日までの間前後四回にわたり、東京都千代田区霞ヶ関所在農林省会計課(昭和三十年四月以降は同省経理厚生課)において、増資奨励金名義の下に合計千百五十四万九千十八円を交付させて騙取したものであるというに在るところ、原判決は、右公訴事実に対し再建整備法に基く右増資奨励金は、再建整備法第四条第一項の期間内に同条所定の再建整備の目標が達せられることを主眼として交付されるものであり、欠損金の存在を前提とするものではないから、固定化資金合計額を相当程度に上廻る剰余金を生じなければ、再建整備の目標を達したものと認むべきではなく、単なる決算上の欠損金の解消のみでは不十分とすべきであるとの見解に立ち、右解釈を前提として被告人等三名に対し無罪の言渡をして居るもののように解される。

これに対して検察官の所論は要するに再建整備法は、当時欠損金累増のため、借入金の利子負担の重圧に苦しむ農林漁業組合の再建整備を目的として制定されたものであつて、同法が救済の対象とする組合は、「事業の継続に著しい支障をきたすことなしには其の債務を弁済することができない組合(同法第三条第一項参照)」であつて、かかる組合の財政を健全な状態に再建整備することを前提とし、「一、固定化債権又は固定化在庫品の資金化と二、自己資本から欠損金を控除した金額を固定資産の価額以上にすること(同法第四条第一項参照)を再建整備の目標として掲げて居るが、右(一)固定化資産の資金化と(二)自己資本不足の充足の目標は、当時組合の赤字が余りにも甚だしく欠損金のない状態にまで再建することはほとんど不可能であると考えられていたので、せめて組合が金利の重圧から解放されるに足る程度の目標として樹てたものである。さればこそ昭和二十六年五月十一日附農林省農政局長通達中の対象組合の選定基準に挙げられた三条件の第一に欠損率を掲げ更に他の二条件である自己資本不足率及び資金固定化率にも欠損をその一要素として挙げて居ることよりみて欠損金のない健全状態が大前提として再建整備の目標であつたことが明らかであつて、原判決が再建整備法は、対象組合の再建整備の目標を単なる欠損金の解消に置くものではなく、増資奨励金の交付の前提として欠損金の存在を要求するものではないと解釈したのは、明らかに誤りである。しかして、欠損金のない組合が、再建整備法による救済の対象になるなどということは、同法第三条第一項の根本原則よりみて到底考えられないことで、同法第十二条第一号は、対象組合が第四条に規定する再建整備の目標を達成したと認められる場合は奨励金の交付を打ち切ることができる否打ち切るべきものとして居る。されば農林大臣指定の昭和二十六年三月三十一日現在における再建整備決算を基準にして考慮するならば、欠損金がなくなつた場合は、同法第十二条第一号所定の場合に比して更に高度に組合財政が健全化した状態であり、かかる財政状態に達した対象組合はもはや国の救済を必要としないものであり、原判決が同法第四条第一項所定の二目標を達成されない限り欠損金が解消しても増資奨励金の交付を打ち切ることができないと断定し、欠損金解消以上に経営の健全化が要求されるものとしたのは、明らかに再建整備法の解釈を誤つたものである。しかるが故に農林省は全購連が経理上の不正操作による含み益の存在を知り昭和三十年十月三十一日現在公表決算上なお、千七百四十三万九千円の固定化債権があるのにかかわらず、増資奨励金中既に交付済の昭和二十九年第一乃至第四、四半期分全部の使用を禁じ、昭和三十年第一、四半期分の返還を命じた次第であつて、農林省が増資奨励金を交付したのは、全購連の昭和二十九年七月末実際上利益剰余金六千三百二万三千円であるのに、欠損金一億七千五百九万九千六百十四円ある旨の虚偽の公表決算に欺かれた結果であり、仮りに、原判決が解するように剰余金が固定化資産の残存額を相当程度上廻つたとき再建目標を達成したとみても、全購連は利益剰余金六千三百二万三千円を生じ再建目標を達成した状態にあるとみられるから、農林省が増資奨励金を全購連に交付したのは全購連が未だ再建目標を達成して居ないと欺かれた結果に外ならない。また、欠損金の存在は、増資奨励金交付の当然の前提であるから、仮りに全購連の払込済出資額が正確かつ真実であつたとしても、少くとも詐欺未遂罪は成立する。されば、原判決は、法令の解釈を誤り審理を尽さず有罪と認定すべき事件を無罪とした違法があり、破棄を免れないと主張する。

案ずるに、原判決の挙示する各関係証拠によれば、原判決説示のように全購連は昭和二十六年四月施行された農林漁業組合再建整備法に基き、昭和二十七年二月一日農林大臣から同法第三条による事業の継続に著しい支障をきたすことなしにはその債務を弁済することができない農業協同組合連合会としていわゆる再建整備対象組合に指定され、昭和二十六年第一、四半期以降増資奨励金については五年間固定化資金利子補給金については三年間その交付を受けることとなり、昭和二十九年第一、四半期以降は増資奨励金のみの交付を受けて居たこと、右増資奨励金交付申請の前提として同法に基き毎事業年度末現在の再建整備実績報告書及び翌事業年度の再建整備計画書が農林省より要求されるところから、昭和二十九年十月、昭和二十八年度再建整備実績報告書(全購連においては事業年度が、毎年八月から翌年七月末までであるところから昭和二十九年七月末現在のもの)及び昭和二十九年度再建整備計画書(昭和二十九年八月一日から昭和三十年七月末までのもの)を作成し、従来どおり農林省に提出したが、右実績報告書には、昭和二十九年七月末決算により、欠損金一億七千五百九万九千六百十四円ある旨の貸借対照表が添付されて居たこと、右実績報告書に基きその都度欠損金ある旨を記載してある試算表を添付し、農林省に対し昭和二十九年十月十二日頃同二十九年度第二、四半期分、昭和三十年一月十三日頃昭和二十九年第三、四半期分、昭和三十年三月三十一日頃昭和二十九年第四、四半期分、昭和三十年七月二十一日頃昭和三十年第一、四半期分として原判決書添付別紙一覧表記載のとおり各増資奨励金の交付申請をなし、これに基き右増資奨励金支出負担行為担当官である農林省農林経済局長の交付指令により同省農林大臣官房会計課係員に右申請額面どおりの金券を発布させその交付を受けたこと、並びに昭和二十九年七月末行われた昭和二十八年度決算は、各種積立金の金額の当否は別としても、利益剰余金六千三百二万三千円を生ずる程度に内部に留保して居たいわゆる含み資産があり、黒字決算をなし得る状態にあつたのにかかわらず被告人等はこれを知りながら、前記のとおり一億七千五百九万九千六百十四円の欠損ある旨の貸借対照表付実績報告書を作成し、これに基き同様欠損金ある旨の各試算表を作成提出して増資奨励金の交付を受けたものであること等の事実が認め得られるところ、原判決挙示の関係証拠を総合すると、右再建整備法は、原判決説示のような事情の下に昭和二十六年四月七日法律第百四十号をもつて、農業林業及び漁業を振興して自力経済の基盤の確立に資するため、農林漁業組合(農業協同組合、同連合会、森林組合、同連合会、漁業協同組合及び同連合会)の再建整備を図ることを目的として制定交付された法律であつて、同法においては、右再建整備の対象を事業の継続に著しい支障をきたすことなしにはその債務を弁済することができない農林漁業組合とし同法第五条所定の再建整備計画を行わせようとして右農林漁業組合の非営利性に鑑み同法第四条において、再建整備の目標を「一、固定化債権又は固定化在庫品を資金化すること。二、自己資本から欠損金を控除した金額を固定資産の価額以上にすること。其の他財務の状況を政令で定める基準に適合させること。」の条件を指定日以後に開始する事業年度開始の日から五年以内に達成させようとしたものであつて、これが、目標達成のため、政府から対象組合に対し、一定の割合による増資奨励金及び固定化資金利子補給金を交付し、前者は五年間、後者は三年間予算の範囲内で交付することとしたのであるが、右固定化債権とは、命令の定めるところにより適正な評価を経た債権のうち弁済期到来後一年以上を経過したもの、固定化在庫品とは、命令の定めるところにより適正な評価を経た在庫品のうち仕入後一年以上を経過したものをいい、両者の金額及び評価額を基準として固定化資金利子補給金が交付されるものであり、増資奨励金は、自己資本(払込済出資金及び準備金の合計額)から欠損金(貸借対照表に計上された欠損金及び繰越欠損金の合計額)を控除した金額を固定資産の価額以上にするため、昭和二十六年三月三十一日以降払込済出資金の増加額に対し交付することとしたものと解せられるのである。従つて、右利子補給金及び増資奨励金は、再建整備の目標達成のため交付されるものであるから、対象組合に指定された組合において、再建整備の目標を達成するに至つた場合は、利子補給金及び増資奨励金の交付申請をなしこれにより該金員の交付を受けることができない筋合であつて、既に対象組合において、再建整備目標を達して居るのにかかわらず、欺罔手段を用いて未だ再建整備目標を達成して居ない旨偽わり利子補給金及び増資奨励金の交付申請をなしこれが交付を受けるにおいては、詐欺罪が成立する道理である。しかしながら、右再建整備の目標とは、前記のとおり一、固定化債権及び固定化在庫品の資金化二、自己資本から欠損金を控除した金額を固定資産の価額以上にすること即ち自己資本の充実をいい、右二目標が密接の関係にあることは、同法第五条の再建整備計画書の規定と対照比較して明らかであつて、所謂欠損金の解消は、自己資本充足の一要素に過ぎなく、欠損金を解消したからといつて直ちに自己資本が充足したとはいえないばかりでなく、前記固定化債権及び固定化在庫品が資金化されない場合は、到底再建整備の目標を達成したことにはならないことが明白であるし、また所論同法第十二条の奨励金打切に関する規定は、農林大臣の再建整備目標達成の対象組合等に対する奨励金打切に関する認定権を規定したに過ぎないものと解されるものであるから、右見解の妨げとなるものではないといわなければならない。しかして、右の見解は、原判示のように農林省当局において採用され、同当局においては、前記再建整備の目標である固定化資産の存否、自己資本の充足程度のみを検討し、欠損金を解消するに至つた対象組合にも奨励金の交付を継続して居たことが認められ、一方被告人等も右見解に従つて居たことは、原判決の挙げて居る関係証拠により明らかであるから、たとえ被告人等が全購連において欠損金を解消した事実を知つて居たとしても、増資奨励金の交付申請をなすに当り何等妨げとなる事由とはならないものといわなければならない。而して原判決の挙げて居る関係証拠によれば、全購連においては、固定化債権及び固定化在庫品の資金化に努力したけれども、昭和二十九年七月末現在においてなお固定化債権の残額が六千五百二十二万円存し、再建整備法による再建整備の目標を達成して居ないことがまことに明白であるから、当然本件増資奨励金の交付を申請し得べく、なお、原判決挙示の関係証拠によれば、全購連において農林大臣宛増資奨励金交付申請に当り添付した昭和二十九年七月末における再建整備実績報告書、貸借対照表、試算表並びに其の後における各四半期毎の試算表には、昭和二十九年七月末現在における固定化債権の残額は六千五百二十二万円と正当に記載され、昭和二十九年七月末における払込済出資金額は三億四千五百九十二万四千円準備金は六千五十一万円と正確に記載され、かつ、四半期毎の増資奨励金交付申請にも其の増加分が正確に記載され、これに基き本件増資奨励金が農林省当局より交付されたものであることが認め得られるのであるから、その間詐欺罪の成立する余地はないのである。もつとも、右再建整備実績報告書及び各試算表には、それぞれ欠損金が存する旨の記載があるけれども、右欠損金の存否は、前説示のとおり再建整備の目標達成には直接関係がないのであつて、農林省当局において増資奨励金を交付するに際し、これが審査の対象として居ないのであるから、これにより農林省当局を欺罔したことにはならないものというべく、従つて、被告人等の本件増資奨励金交付申請に当り関与した程度其の他につき判断するまでもなく、本件増資奨励金の交付については詐欺罪は成立しないものといわなければならない。

してみれば、原判決が本件公訴事実中被告人等が、増資奨励金を詐取したとの点につき無罪の言渡をしたのは相当であつて、原判決には所論のような法令の解釈を誤り審理を尽さず有罪と認定すべきに無罪の言渡をした違法があるものということはできない。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 山田要治 滝沢太助 鈴木良一)

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